2009.04.02保育の深海 02 ~教育の羅針盤~【園長のひとり言】
子どもと教育の話。先日、あるメディアで今どきの子どもの習いごと事情を知る。多くの幼い子どもが自らの意思に関わりなく習いごとに通い、なかには1歳から英語を習う赤ちゃんがいるというから驚いた。語学が堪能になることを願うばかりだ。語学、数字、音楽、芸術、スポーツと多種多様な早期教育。保育園や幼稚園も例外ではない。けれども、と私は思う。小さな子どもへの教育が注目を集める一方で、なぜだか学童期の学力水準は下り坂なのだ。まだ、その成果が出ていないだけなのか。流行に逆らって早期教育をしていない保育園としては、とても気になるところだが、子どもに対する教育それ自体を否定しているわけではない。むしろ、豊かな育ちのために、特に幼児期(3、4、5、6歳)には欠かせないものだと考えている。では、私たちの考える教育とは一体何か。結論から言えば、なごみ保育園の教育とは、子どもの遊び(遊びの環境)を創ることなのだが、なぜそうなのかを説明する前に今の教育に大きな影響を与えているだろう子どもの発達観について話しておく。
歴史的に見ると、種子説と白紙説という2つの異なる発達観がある。その字から想像できるかもしれないが、種子説とは「子どもは植物の成長と同じようなもので、種子が土にこぼれ、太陽の光や水分が適切にあれば、種子は自然に成長し、開花し、実を結んでいくのであって、教育はこのような太陽の光や水分や養分にあたる」というものである。それに対して、白紙説というのは「子どもは生まれたときには白紙または粘土のようなものであり、白紙のキャンパスに絵を描いたり、粘土をこねて形をつくったりすることに教育をなぞらえることができる」というものである。前者が、発達の源を子どもの内側に見いだしているのに対し、後者は環境や教育のなかに、つまり子どもの外側に見いだしている。もっと単純化すると子どもは自然に育っていくのか、教えられて育つのかということである。
早期教育を好む人は、もしかしたら白紙説に近い考えなのかもしれない。教育こそが子どもの才能を豊かにするのだと。けれど、もしそうであるならば、北のほうにある国はもっと豊かになっているだろうし、日本の子どもの学力も低下してはいないだろう。未だかつてないくらい早期教育は盛んに行なわれているのだから。それに、このような大人の思いが強すぎると、結果として「何でも人より早く、ひとりで上手に、多くできる」ことを押し付け、「遅い、出来ない人」を差別、軽蔑するような明らかに誤った自己中心的な観念に繋がりかねない。
では、種子説こそが子どもの真の姿を映し出しているのかと言えば、そうでもない。確かに、生まれながらにして、子どもは生きる力(生命力)を自らのなかにそなえていると言える。けれども、子どもは生まれたときから社会的な存在であり、生涯を通して社会のなかで育っていかなければならず、自分の力だけで生きていくことは極めて難しい。少なからず、誰かに社会的価値を教わらなければならない。
とどのつまりこの2つの発達観は一面的にはどちらも正しく、また誤りでもある。そして、未だ、何が本当の子どもの姿か分かっていない。そもそも人の内なる変化である発達は、目に見えないのだから、はっきりとした答えなどないのかもしれない。このことが日本の幼児教育を多様化し、混乱させている大きな要因と言える。
けれど、今から遡ること75年前。一般的にはあまり知られてはいないが、レフ・セミョノヴィチ・ヴィゴツキー(1896~1934年)というロシアの天才心理学者は、既に種子説と白紙説という対立する考えかたを部分的に否定しながら、積極的な側面を最大限活かしていく第3の視点(弁証法)で見事に子どもの育ちをとらえている。まずヴィゴツキーは、子どもの発達を「自分ひとりでできるようになる水準」と「大人あるいは集団の助けによって到達できる水準」に分類をした。更に、この「ひとりではできない」けれど、「他者の力をかりてできる」という発達のズレ<発達の最近接領域(さいきんせつりょういき)>に注目し、この領域へ大人や集団(友だち)が積極的に働きかけることで、その子ども自身の成熟を待たずに発達が遂げられるというのである。例えば、3歳の子どもが4歳や5歳の子どものやり方を見て、まね(模倣)をし、さっきまで、できなかった積み木が次の瞬間できるようになったとしよう。もし、3歳の子どもの周りに年長児の存在がなかったとしたらどうだろうか?いずれ自分で出来るようになるにしても、その子ども自身の発達を待たなければならないだろう。これは、ただの一例だが、全体として子どもは周りの子どもたち(大人)のやり方や考え方を目で見てまねをして、「できない」ことが「できる」ようになっていくのである。逆に言えば、この領域ではないもの、つまりまねできないことは、子どもがまだ発達していないことを意味し、もっと言えば、そこに集団やまねをする相手がいなければ、未発達の部分に対する積極的な働きかけは困難なものとなるだろう。そして何より、この種子説でも白紙説でもない発達の最近接領域という考え方こそが、私たちに真の幼児教育のあり方を教えてくれている。
『子ども時代の教育は、発達を先回りし、自分の後ろに発達を従える教育のみが正しい』
とヴィゴツキーは言う。彼の示す幼児教育は、例えば、学力テストで評価されるような誰の助けもなく自分ひとりでできる過去の発達ばかりを問うものでなく、今まさに子どもが自らの動機で、自身の成熟を待たずに発達を成し遂げようとしている最近接領域へ積極的に働きかけることなのだ。さらに、幼児期における発達の最近接領域は、子どもの精神的な活動の中心をなす「遊び」のなかで創られることを強調している。
そこでポイント1、教育とは子どもの発達の最近接領域へ積極的に働きかけることである。ポイント2、幼児期その領域は主に子どもの遊びのなかで創られる。ここで、薄っすらと「遊び=教育」の公式が現れてきた。けれども、よりその根幹に迫るためには乳児期から幼児期、そして学童期への繋がりのなかで、遊びと教育の関係をイメージする必要がある。ここからは、再びヴィゴツキーの言葉をかりながら、さらに保育の深海へ潜っていく。
先ほども述べたように遊びは、子ども特有の精神活動であると言えるが、教育としての遊びは幼児期以後に限定し、乳児期のものは、それと区別するために感覚運動と表現する。感覚運動とは子どもの直接的な“もの”との対話であり、例えば、赤ちゃんがガラガラを触ったり、舐めたり、音を出したりと目で見たものを見えたように楽しむことである。おおよそ2歳くらいまで続く感覚運動期。子どもの行動はそこにどんなものがあるかによって大きく左右されしまうが、それは身のまわりのものに深い関心を示していることであり、色、形、大きさ、材質など自分を取り巻く豊かな環境が知性の種となっていく。
この感覚運動の充分な体験は、子どもが言葉を話すようになると花をさかせ、遊びという名の知的な活動へと展開していく。言葉の獲得は、目で見たものを見たままの視覚的世界と身のまわりの目で見える全てに名前や意味がある意味的世界を切り離していく。それは、「水たまりが、水たまりのままではなく、海になり」、「自分が自分のままではなく、お母さんになる」というような自由な想像の扉を開くことであり、またその背後に不自由なルールを生みだす始まりでもある。ごっこ遊びを想像して欲しい。子どもは、ままごとをしているとき自由にお母さん役を楽しんでいるが、しっかりと「自分のお母さんのように」という目に見えないルールに縛られている。このルールを破ることは、遊びの終わりを意味し、楽しむためには、意味的世界の住人となり自分の内側にある目に見えない規則に束縛され続けなければならない。これが言葉を獲得することで生まれる遊び最大の特徴である。一般的に遊びというと、子どものあらゆる行為や活動の総称、勉強や勤勉なことと対立した、ただやりたいことだけをやっているような娯楽的なものとして思われがちだけれど、その本性は想像とルールを軸とした子ども特有の行為・行動なのである。
さらに、この遊びは、言葉のやりとりが活発になり、語彙が爆発的に増え、意味的世界のさらなる広がりにつれて、今までの公式をひっくり返し、ルールが表に現れ、想像が後ろに隠れる。それは、単純な反転のようにみえるが、例えばトランプの遊び方(ルール)を知っている子どもと知らない子どもではトランプの見えかたが全く異なり、ババ抜きのルールを知っている子どもにとってジョーカーは、ただの道化師から特別な存在となるというような内的意識の著しい変化を意味している。新たな公式のもとで遊ぶ子どもは、まずルールを知り、守ることに最大の喜びを感じながら、想像力を働かせる。もちろん、トランプのようなカードゲームだけでなく、この頃日常的によく見られる役割遊びや鬼ごっこなど、ほとんどの遊びがきちんとルールを前提とするようになる。また、この反転は、同時にひとり遊びからルールへの共感を通して集団遊びになるというような遊びの形態にも変化をもたらすこととなる。しかも、この時期の子どもにとってルールを前提にした不自由な行為は日常生活のなかに、ほとんど見られることはなく、遊び自体が、発達水準を押し進めていると言えるだろう。これらをヴィゴツキーは次のように説明している。
『いつも意味にもとづいて行為をするという状態が子どもの行動のなかにありうるのかどうか、欲しいからではなく別のふるまい方をしなければならないという考え方からキャンディーを取り扱うなどという無味乾燥な行為(*ままごとをしている母親役の子どもに本物のキャンディーをあげると、本当は自分が欲しいはずなのに子ども役の子にそれを与えようとするような行為)が就学前期の子どもにありうるのかどうか。ルールへのこのような従属は、生活のなかでは完全にありえない事柄である。ところが、遊びのなかでは、それが可能になる。こうして遊びは、発達の最近接領域を創造する。遊びのなかでは子どもは絶えず、その平均年齢よりも上位におり、その普通の日常生活的行動よりも上位にいる。遊びのなかでは子どもは、頭のなかで自分自身よりも年上であるかのようだ。遊びは、凝縮した形で、虫めがねの焦点のように発達のすべての傾向を含んでいる。子どもは遊びのなかで、自分の普通の行動の水準に対して飛躍をとげようとしているかのようだ。』
次に、このルールを守って想像する遊びの体験は学童期へと受け継がれる。ルールを前提とした想像的な遊びは、学童期になると、これらのルールが定式となった(より広くルールとして認知された)ドッチボールやサッカーのようなスポーツに姿を変える。遊びとスポーツは、ルールと想像がともに行為、行動をともなっているので、その繋がりは分かりやすいだろう。だが、学童期への繋がりは、これだけではない。行為、行動をともなわない、頭のなかだけでの想像、つまり学業(勉強)へも遊びは姿を変えていく。その連続性は一見すると分かり難いけれども、前提とするものが言葉や数字のルールであれば国語であり、算数ということになる。これでチェックメイト。保育園から小学校へ。私たち大人の目から見れば6歳を境にして子どもを取り巻く環境は大きく様変りしているように見える。けれど、子どもは学童期に必要な要素や意欲を遊びのなかで、しっかりと先取りしながら透明な階段を登っていたのだ。
そして、この一連する発達のなかで子どもを見つめながら、教育について考えると、いきいきとした、そして未来へ繋がっていくその本質が見えてくる。少なくとも、遊ぶ時間を犠牲にしておこなう小学校の予備校的な早期教育は子どもの豊かな才能を約束するものではない。小学校が人生のゴールではないのだから。大切なことは、乳幼児独自の育ちを豊かに保障することであり、その体験が学童期のなかに浸透していくという目に見えない繋がりのなかにある。ルールを知りたい、守る(守りあう)ことが嬉しい、楽しいという気持ちが、その後の成長にどう影響するかを想像するだけでも簡単に分かるだろう。
最後に、もう一度言う。乳幼児教育とは、子どもの遊び(遊びの環境)を創ることである。それは、子どもたちが視覚的世界から開放され、想像的世界へ内的なルールを従えて歩んでいく未来への道のりをより豊かなものにし、環境の変化という狭間を育ちの糸でしっかりと紡いでいくのである。
『発達に対する遊びの関係は、発達に対する教授-学習の関係に匹敵するといわなければならない。遊びの背後には、欲求の変化と、より一般的な性格をもつ意識の変化が存在する。遊びは発達の源泉であり、発達の最近接領域を創造するのである。想像的世界・虚構場面での行為、随意的な企画の創造、生きた計画・意志的動機の形成-これらすべてが遊びのなかで発生し、遊びをより高次の発達水準に押し上げ、波の頂点にのせ、就学前期の発達の第九の波にする。それは、あらゆる水の深みを持ち上げることになるが、相対的に穏やかである。本質的に、子どもは遊びの活動を通して前進する。まさしくこの意味において、遊びは子どもの発達を主導する-つまり規定する-活動と呼ぶことができる』
レミ・セミョノビッチ・ヴィゴツキー