2024.03.01とある保育者の物語【園長のひとり言】
とある保育者の物語。彼女がここに訪れたのは6年前の夏のこと。園見学にきた彼女は少し緊張しているようだった。そして少し強張った表情で言った。「新卒で勤めた幼稚園に馴染めず3か月で退職してしまいました。でも保育の道は諦めたくないんです」、と。
その真剣なまなざしに光るものを感じたけれど、その時は職員の空きがなかった。それに同じ失敗を繰り返して欲しくなかったから色々な園を見て自分に合った場所を探すアドバイスをして、その日は終わった。
それから数か月。忙しい日が続き彼女の存在を忘れかけていたころ。市内の大学の先生から一本の電話があった。彼女にもう一度面会の機会を与えて欲しい、と。
断る理由がなかったので承諾し、彼女と再会することになった。久しぶりに会った彼女からは前回のような緊張ではなく、強い意志のようなものを感じた。
あれから数か月間、彼女はアドバイス通り、いくつもの園を見学し実習を重ねて、ここに戻ってきたのだ。その上で出した結論が、「なごみこども園で保育がしたい」だった。
それを聞いたとき、私は少し嬉しくなった。ただ空きがない状況に変わりがなかったので非常勤としてなら、と条件をだした。当時は保育士不足が騒がれているころで見学にいく先々でリクルートされた話を聞いていたので申し訳ない気持ちがあったけれど彼女は、その条件を承諾した。
そうして彼女にとって新たな保育人生がはじまったのだ。私は最初の就職で躓いたことが気になっていたから彼女のことを気にするようにしていた。だから定期的に尋ねた。ここでの保育は、どう?ってね。
その度に目をキラキラ輝かせながら彼女は、こう言った。「すっごく楽しいです。」、「毎日、子どもたちと会うのが楽しみで」、と。もちろん周りからの評判も高く、その後採用試験に合格し正規職員になったのはご承知の通り。
あれから月日が流れ、ここにきてはじめて出会った子どもたちは年長になった。そして彼女は、その担任をしている。今年度がはじまる前に、それを志願したからだ。その背景にあったのは、自分が一人前になれたのは、この子たちのおかげだという感謝の気持ちだと思う。
保育が楽しい。最初に感じたこの気持ちは、今も変わっていないだろう。でも、決して楽な5年間ではなかったはず。たくさんの個性がぶつかるなかで、ひとり一人と向き合うのは容易なことではない。子どもから何を言ってもイヤっとそっぽを向かれることだってある。ご飯を全然食べてくれないことだって、珍しくない。喧嘩の仲裁なんていつものこと。
それでも彼女は保育が嫌になることは一度もなかっただろう。明日の準備で、夜遅く帰れない日が続いても。感染症の蔓延で思い通り保育が出来なくなくたって。上手くいかないことばかりが続き悔しくて涙した次の日だって、諦めることは決してなかっただろう。だって、この子たちが大好きだから。
今、私は彼女を採用できたことに誇りすら感じている。ここで保育し続けてくれたことに感謝しかない。そしてあと少し。もう少しでたどり着く感情の交差点。泣いて、笑って、喧嘩して、ずっと一緒だった日々が終わりを告げようとしている。
新しい未来への扉を前にして、彼女は何を得られるのだろうか。もしかしたら、その刹那に宿るのは。嬉しさより圧倒的な寂しさなのかもしれない。それでも彼女は前を向き、最後の一秒まで子どもたちを見つめ続けるだろう。すでに手にした永遠の宝ものが、そこにあるのだから。